わが事務所を訪れた平田弘史先生は、Macの使い方を簡単に説明しただけで、おもむろにマウスを握ると、ススッと動かしはじめました。
Macに触るのは初めてのはずだったのに、画面には、みるみるうちに、刀を下段に構えた武士の絵があらわれてくるではありませんか。
もうビックリ仰天でした。「画力がある方は、初めて触ったマウスでも、こんなにスラスラと絵が描けてしまうのか!」と、絵の実力の違いを思い知らされて、ガックリきたものでした。
平田先生は、すぐにMacに飛びつくことはしませんでしたが、まもなくカラーが使えるMac IIが発売されると、こちらを購入し、あの重厚な時代劇画の作画に使いはじめます。Macで描いたと説明されなければ、アナログの絵と区別がつきません。デジタルデジタルさせた絵もいいのですが、それまで培ってきた画風をデジタルで再現するのも、やはりデジタルの進むべき一つの方向ではないかと思ったものでした。
そうそう、平田先生のMac体験についての詳細や、私が中学生の頃に真似していた平田先生のペン先改造法などについては、つい先日発売になったばかりの総合マンガ誌「キッチュ」第3号に書かせていただいたばかりです。本誌のこの号は「平田弘史特集!!!」で、平田先生に関するマンガと文章が満載です。よろしければ、ぜひ、こちらもご覧になってみてください。ちなみに平田先生のとのツーショット写真は、Macを含むアップル製品のエバンジェリストでもあったマンガ家の野間美由紀さん(故人(;_;))に撮っていただいたものです。
はてさて、こうして連載していた「日経パソコン」の連載マンガですが、4ページのマンガに実質16ページを描き、しかも、アシスタントは使わずひとりだけで描く体制では、やはり無理がありました。
最大も問題は、Macの画面の小ささにありました。わずか9インチのモノクロ画面は高精細度でしたが、輝度が高いためなのか、凝視していると、すぐに目が疲れてしまいます。眼球の奥の方にも痛みを感じるようになったり、背中が痛い、肩が痛い、画面を見つめていると吐き気がする……というような状態になってしまいました。
しかも、ほかにも仕事の依頼があるのに、引き受けることができません。疲れるし、コスパは悪いしで、「パソコンでマンガを描くのは時期尚早」と判断し、「日経パソコン」に連載終了のお願いを申し出ました。
Mac(1986年発売のモノクロ9インチ画面のMac Plusですので、念のため)を使ってストーリーマンガを描くのは断念しましたが、このセットを使って絵を描くことをあきらめたワケではありません。高価なMacとレーザープリンターを買ってしまったので、少しでもモトを取らなければいけないからです。そこでストーリーマンガ以外のカットやイラストの仕事には、相変わらず、Macとレーザープリンターを使い、FAXで送信することをつづけていました。
下のイラストは、アスキーから出ていた「月刊ラップトップ」という雑誌に連載していたコラムに添えたものです。マウスだけで描ける方法をあれこれ考えた末にたどり着いた方法が、この絵で採用した「直線だけで描く」方法です。少し図形の「円」や「四角形」も使っていますが、基本的にベクターの太さを変えた直線だけで描いています。自分では、この絵柄が、けっこう気に入っていました。
この頃、私は、商用パソコン通信の国内最大手となったニフティサーブで、オートレーシング・フォーラムというモータースポーツ関連のコーナーの管理人もしており、さらには文章の仕事も増えて、マンガの仕事は、ひとりでできる範囲にに減らしつつありました。マンガの描き下ろし単行本も出してはいましたが、企画・シナリオ・ネームまでを担当し、作画は別のマンガ家さんにお願いする体制を取りはじめていました。それもこれも、パソコンで文章を書くことの面白さに目覚めてしまい、「できたら小説で生計を立てられるようになりたい」とも考えたうえのことでした。
仕事場を自宅に増築し、アシスタントも順次減らして、石神井公園駅前通りのビルに借りていた仕事場も畳みました。Mac Plusも使う機会が減り、モータースポーツ関連のデザイン会社に引き取ってもらいました。レーザープリンターは、デザインの版下用に重宝したとのことです。
私が使うパソコンは、DOS/VからWindows 3.1になり、Windows 95になりました。Windowsはグラフィック関連の機能が貧弱でしたが、それでも次第に使えるソフトが出てきます。そこで再びパソコンを使ってマンガを描いてみようかな……と考えはじめます。1990年代後半のことでした。
その頃、すでにMac IIが登場し、アメリカでも日本でも、多くのマンガ家さんがMac IIでマンガを描くようになっていました。そのあたりのことや、私がしつこくこだわっていた「マンガの電送」については、また次回とさせていただきます。
(この項おわり)