1985年の夏、借り物のMacで描いたマンガが「週刊ポスト」に載りました。そうしたら同じ石ノ森章太郎門下の先輩で、「コロコロコミック」で『釣りバカ大将』を描いていた桜多吾作さんから電話がかかってきました。
「『ポスト』のマンガ、読んだぞ~。なんだよ、あれ。お前、ひどく絵がヘタになったな~」
桜多さんは兄弟子みたいなものなので、遠慮がありません。正直にズバリと言ってくれます。それも真実なので、本来なら返す言葉もありません。
「下絵なしでマウスだけで描いた絵なもので……」
と、言い訳だけはしておきました。
実際のところMacでマンガを描こうと思っても、仕事にはなりそうにありません。画面も小さく、細かい絵を描くのは無理だったからです。おまけにMacが1台だけでは、5人ほどいたアシスタントが手持ち無沙汰になってしまいます。将来は、スタッフ全員がパソコンを持って、ネットワークでつながったシステムで、人物や背景の作画を分担するなんて時代がくるのかもしれません。
でも、それは遠い先のことのように思えました。なぜなら、Macの値段が70万円ほどもしたからです。
しかし、その考えを、翌1986年には少し引っ込めます。アメリカで、「Comic Works」というアメコミを描くためのソフトが発売されたことを知ったからでした。
「Comic Works」は、あの『Shatter』の作者のひとりであるMike Saenzが開発に参加したソフトで、あらかじめ用意されたアメコミ風のキャラクターや背景を組み合わせることで、絵が描けないユーザーでも、オリジナルのアメコミを描けるようになっていました。その後、日本でウェブテクノロジー社が発売した「コミPo!」と同じような発想で作られたソフトでした。
「Comic Works」の開発元はマクロマインド社。後に他社と合併してマクロメディア社になり、動画システムのShockWaveやFlashを開発後、ライバルだったアドビに買収された会社です。
「Comic Works」があれば、あらかじめ用意されたキャラや背景を使わずとも、オリジナルのキャラや背景を使うことで、日本風のマンガも描けそうでした。コマ割りと吹き出しを配置する機能があるだけでも、効率化が図れそうです。私のところでは、枠線を引くのに油性マジックを使っていました。石ノ森章太郎先生を見習ってのことです。からす口やペンを使うマンガ家が多かったのですが、石ノ森先生のところでアシスタントをしていた ひおあきらによれば、「印刷されれば、カラス口もマジックも一緒だよ」とのことで、それを見習うことにしたわけです。
ちなみに ひおあきらは工業高専出身ですが、アシスタントになる前は、学校で習いおぼえた製図の技術を活かして、製図用具のドラフターとロットリングを使って枠線を引いていました。そんな彼が、超多忙の石ノ森先生のところでアシスタントになったとたんに、フェルトペンで枠線を引くようになったのですから驚いたものです。でも、それが多忙な人気マンガ家が仕事をするうえでの現実でもありました。
私は、「Comic Works」を使ってみたくてMacを買うことにしました。
初代Macが発売されてから2年。初代が128KBだったメモリーは、この年に発売された最新のMac Plusでは1MBになっています。販売代理店もキヤノン販売となり、アップル製品を販売するゼロワンショップの展開をはじめていた頃です。
Mac Plusは値引きなしで49万8000円。キヤノンのOEMだったレーザープリンターの「レーザーライターII」も一緒に買いました。サイズはA4で、こちらは少しオマケしてくれて120万円でした。すでにPost Scriptのフォントが入っていたこともあっての値段でしたが、「漢字Talk」という日本語変換ソフトに搭載されたフォントはPost Scriptにはなっておらず、とても貧弱なものでした。
「Comic Works」は、新宿西口にあったゼロワンショップで買いました(一緒に「Ferrari F1」というレーシングゲームも買いました(^_^))。
(次回につづく)