Mac PlusとレーザーライターIIを買い、「Comic Works」を買って、マンガを描く練習をはじめていると、アメリカでMacで描かれたマンガ(『Shatter』)が発売されていることを教えてくれた「日経パソコン」の林さんが、仕事を発注してくれました。同誌に連載マンガを描く仕事です。
1年前に借り物のMacで描いたマンガは、ドットプリンターで出力したものなので、線もフニャフニャでした。しかし、今度はレーザープリンターがあります。もっとキレイな線が引けるのではないかと期待していました。
もうひとつ特筆すべきことがありました。レーザープリンターで印刷したマンガの原稿を、ファクシミリを使って編集部に送信することになったのです。
――ついにマンガを電送できるようになった!
アマチュア無線やパソコン通信を楽しんでいた私にとって、デジタル環境でマンガを描くことと同等に、いや、それ以上に、マンガの電送は大いに関心のあるテーマでした。
私は、小躍りしたくなるほどに喜び、さっそくマンガの執筆に取り組みました。
とりあえずテスト用に1ページのマンガを描き、これをFAXで送信したところ、すぐに大きな問題が発覚しました。「日経パソコン」は雑誌としては大判のA4サイズです。レーザーライターIIでプリントできるのも、やはりA4サイズでした。つまり、レーザープリンターで出力する場合は、マンガの原稿が原寸になってしまうのです。
手描きのマンガでは、原稿を1.2倍に拡大して描くのが一般的です。印刷の段階で縮小することで、絵が締まり、きれいに見えるからです。ただし、拡大すると描く面積が広くなるので時間がかかるからと、1.1倍という拡大率で描いていた方もいらっしゃいました(辻なおき氏、楳図かずお氏など)。石ノ森章太郎先生は1.3倍でした。拡大率を大きくした方が、大胆に描けるので、かえって速く描けるという考え方によります。さらに初期の荘司としお氏、上村一夫氏のように、1.5倍の拡大率で描いていた方もおりました。
ちなみに私は、B5サイズの雑誌では1.3倍。A5サイズの「コロコロコミック」では1.5倍でした。B5サイズ1.2倍の大きさで描くと、ちょうどA5サイズ1.5倍になります。
『ゲームセンターあらし』以前に「コロコロコミック」に読み切り作品を描いていたときは、1.3倍にしていました。コマ割りの基本は3段です。でも、それだと長いストーリーも入らないし、絵も緻密になりません。そこで『ゲームセンターあらし』からは1.5倍の4段割りにしました。その分、ストーリーも絵も、密度が高くなったものと思っています。(画像は、基本コマ割りが4段の『ゲームセンターあらし』)
このように拡大率を高くすることで、マンガの密度を高めていたわけですから、原寸で描いたら、絵もストーリーもスカスカになってしまいます。また、せっかくきれいに印刷できるレーザープリンターを使っているのに、200dpiのFAXで送信するため、絵が荒れてしまいます。原寸でプリントアウトしたものを、そのままFAXで送信したのでは、とてもマンガの印刷原稿としては使いものになりません。
でも、なんとかMacで描いたマンガをFAXで送信したい。この思いだけは変わりませんでした。
最終的に採った手段は、原稿を拡大して描くことでした。マンガの1ページを4分割し、それぞれをMacの画面で描いてレーザープリンターで印刷。それを編集部にFAXで送り、あちらで合成してもらうという方法にしたのです。
これでなんとか「見られるマンガ」にはなりましたが、いろいろ問題はありました。
連載は、毎回4ページでしたが、A4サイズの原稿を4分割して描くため、計16枚の絵を描くことになりました(実質的には、もう少し少ない感じでしたが)。それでいて原稿料は4ページ分です。マンガ雑誌より原稿料は高かったのですが、実質的に描いている枚数を考えると、非常にコスパの悪い仕事になりました。
そのうえに、Macが1台しかなかったため、アシスタントたちは作業に参加できません。アシスタントは休みにして、ひとりで作業するしかないのです。でも雇っている以上、給料は払わなくてはいけないので、これも経営面から考えると、大きな問題となってきました。
それでもこんな実験的な仕事ができたのは、何冊も出していた大人向けの学習マンガ(実用マンガ)が、コンスタントに増刷を重ねてくれていたおかげです。とりわけ講談社の「コミックモーニング」(現「週刊モーニング」)に連載していた『饅頭こわい!』という証券取引マンガをベースにした描き下ろし単行本『一番わかりやすい株入門』が、紀伊國屋書店の週刊ベストセラーリストでも、常時、ベスト10入りしている状態で、毎月、数万部ずつ増刷するほど。おかげで、Macを買ったり、レーザープリンターを買ったり、アシスタントを休ませたりもできていたわけです(この頃は、自動車レースのチームまで持っていました)。
最初は「Comic Works」でマンガを描いていましたが、思いのほかに使い勝手がよくありませんでした。そこで、すぐに「Mac Paint」というMac標準のペイントソフトを経て、新しく購入した「Super Paint」という画像編集ソフトを使うようになりました。
「Super Paint」は「Mac Paint」が使っていたビットマップ形式の画像と、「Mac Draw」というソフトが使っていたベクター形式の画像が、同じ画面で同時に使える便利なソフトでした。ベクター方式でテキストを打てば、ポストスクリプトの形式でプリントできるので、文字もジャギーになることはありません。ただし、この機能が使える文字はアルファベットだけ。日本語のフォントは、ギザギザを滑らかにする機能はありましたが、まだまだ見映えのいいものではありませんでした。
浦沢直樹氏がホストをつとめるNHK Eテレの『漫勉』という番組に山本直樹氏が出演したとき(2017年)、1993年には開発が終わっている「Super Paint」を現在も使っているとのことで、びっくりしたものでした。
絵を描くデバイスは、もちろんマウスだけ。下絵なしで描くので、何度も何度もやり直しになります。この「やり直し」ができるところが、デジタルでマンガを描くうえでの最大の長所です。でも、同時に最大の欠点にもなりました。何度でもやり直しができるため、締切ぎりぎりまで修正を繰り返してしまうからです。これは、デジタルマンガを描く人にとっては、現在も将来も変わらない永遠のテーマでしょう。
下の画像は、「日経パソコン」に連載していたマンガの一部です。フロッピーディスクが残っていたので、10年ほど前、クラシックMacのコレクターでもある明治大学情報コミュニケーション学部教授の江下雅之さんから古いMac SEを借りて、読み込んでみたとろ、なんとか動いてくれました。
こんなマンガを描いていた頃、事務所に1本の電話がかかってきました。私はマンガ家になる前、鈴木プロという日本初のマンガ専門編集プロダクションに勤めていたことがあります。電話の主は、鈴木プロ社長の鈴木清澄さんでした。電話の内容は、「すがやクンの事務所の近所に住んでいる平田弘史さんが、すがやクンがパソコンでマンガを描いているのを聞いて、試させてほしいと言ってるんだけど」というものでした。
「ひょえ~っ!」
と思わず叫びそうになりました。平田先生は、中学生になってから通いはじめていた貸本店で、片っ端から借りた貸本劇画の中で、強く印象に残っていた劇画家のひとりでもあったからです。日の丸文庫の「魔像」に短篇を発表しつつ、長篇も発表していましたが、その力強いペンタッチに魅せられて、線を真似たこともありました。その平田先生が、私のMacを試してみたいとおっしゃっているのです。イヤだなんて言えるわけがありません。こうして、すぐに平田先生が、わが事務所を訪ねてくることになったのです。ドキドキ。
(次回につづく)