#80 さちこの幸せ


 さちこは、鈴鹿のことなら何でも知っていた。どこの売店のタコ焼きがうまいか。
トイレのペーパー切れになる時間は何時頃か……。鈴鹿サーキットの従業員よりも詳しかった。
 さらに、コースのこともよく知っていた。コーナーの縁石の隅に生えている雑草の種類。アスファルトの継ぎ目……。その知識が、キミのタイムアップを助けた。
 キミのFJのタイムは、どんどん上がっていった。スポーツ走行でのタイムも上がり、キミはフレッシュマン・トロフィー・レースに出た。そこでポール・ツー・フィニッシュを決めたのだ。
 初レースでポール・ツー・ウィン。当然、注目されることになる。FJとF3を走らせているチームからも、そのチームのドライバーにならないかというオファーがきた。
 キミは、そのことを、さちこに報告した。
「よかったわね」
 さちこは、ニッコリと笑った。
 キミが、さちこの姿を見たのは、それが最後だった。しばらくしてキミは、さちこがイタリアに留学したらしい、という噂を聞いた。
「F1に乗れば、きっと、また会える……」
 キミは、必ずF1に乗ってやる、と心に誓ったのだった。

 1.続く