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■ 04年10月下旬の日記

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10月21日(木)▼外出して原稿

 家に籠もっていると原稿の能率も悪いので、午後、そそくさと外出。TOEICのリーディング用テキストをMP3プレーヤーで聴きながら、バスで吉祥寺まで出かける。せっかくなので、最近できた駅地下の啓文堂書店に寄り、あれこれ本を購入(購入した本の詳細はBlogで)。
 食事も抜きで家を出てきたので、腹ごしらえに南口駅前地下の手打ちそば「ほさか」に入り、二色もり(せいろと田舎そば)を頼む。せいろがシャキッとした歯ごたえでうまい。田舎そばもシコシコでうまい。税込840円也でありました。
 食後は喫茶店に飛び込み、ノートパソコンで原稿。必死に仕事していたら、予想外に早くノートパソコンがバッテリー切れの悲鳴をあげる。2時間半ほどしか使っていないのに。でも、もう2年も使っているからバッテリーがヘタるのもしかたがないか。ノートパソコン本体は、まだ健在なので(キーボードだけは交換したが)、バッテリーだけ追加で買うことにする。

10月22日(金)▼たっぷり寝たのに……

 久しぶりに8時間も寝たら、なぜか目の調子が悪い。寝過ぎがいけないのか? ノートパソコンのバッテリーが短時間しか保たないので、外出はあきらめ、自宅で仕事。合間にパナソニックパソコン直販サイト「マイレッツ倶楽部」で、愛用しているパナソニックCF-A3用のバッテリーを購入。お値段は2万4,900円。高いなあ……。
 バッテリーリフレッシュサービスというのがあることも知っていたのだが、1週間から10日間、バッテリーなしの状態になるため、外で仕事ができなくなる。いまみたいに原稿に追われているときは無理ってものだ。
 バッテリーの注文をしたあとは、またひたすら原稿……。

10月23日(土)▼地震……

 ひたすら原稿を書き、腰痛に音を上げて夕方、フィットネスクラブへ。前半の400メートルを泳いで水中ウォーキングをしていたら、突然、波がザバーン、ザバーン。周囲を確認したが、そんな波が立つほど激しい泳ぎをしている人はいない。変だなあ……と思ったら、これが1回目の地震だったらしい。2回目は泳いでいて気づかず、3回目は、周囲で「地震だ」と騒いでいる人がいて、照明器具が揺れているのに気がついた。
 ノルマの水泳を終えてジャクジーに行ったら、先に入っていた女性たちが、新潟のほうで大きな地震があったらしい……と話していた。着替える前にロビーのテレビで見たのだそうだ。
 シャワーを浴び、着替えをすませてロビーのテレビを見ると、新潟で震度6強クラスの地震が3回も起きたらしい。帰途、ファミレスで2時間ほど原稿。帰宅後はテレビに釘づけ。とはいえ原稿もあるので、途中で仕事部屋に籠もり、深夜、またテレビを見る。
 午前2時からはF1ブラジルGPを見るも、気になるのは被災地のこと。3年前、山本五十六元帥や戊辰戦争のことで長岡まで取材に出かけている関係もあり、あのあたりには土地鑑もある。それだけにニュースが気になってしかたがない。

10月24日(日)▼原稿すすまず

 朝から地震の報道に釘づけ。仕事にならない。それでも午後は仕事部屋に籠もる。食事のときだけニュースを見て、また仕事部屋に。原稿を書いている時間よりも資料を読んでいる時間のほうが長いかも。しかも英文の資料なので、読むのにも時間がかかる。
 午前2時からF1ブラジルGP決勝。雨で波乱が起きるかと思ったが、走り出してしまえば、あとは、コース上での追い抜きはほとんどなく(あってもテレビに映らない)、実に退屈。佐藤琢磨も最後にラルフ・シューマッハーに抜かれて6位。うーん……。

10月25日(月)▼また原稿……

 終日、資料と首っ引きになりながら原稿。フィクション性の非常に高い架空戦記なので、ここまで資料にこだわる必要もないのだけれど、いちおう調べておくと、「ウソ」を書くにも自信を持って書けるのだ。編集者からも催促がきて焦る。
 深夜、2001年、ドイツのレースで事故を起こし、両脚を切断したアレックス・ザナルディの伝記が出版されることを知り、しかもAmazon.co.jpでも予約受付中なのを知って、早速、予約。本の詳細はBlogで、どうぞ。

10月26日(火)▼胃がキリキリ

 午前中にノートパソコンのバッテリーが届き、さっそく充電。これで外出先でも長時間、原稿が書ける……と思ったが、外は雨。外出する気分にはなれない。
 そこに、新刊の企画を進めている出版社の都合で、急ぎ、資料を作成して送れとの編集者からのメール。あわてて2時間ほどかけて資料を作成し、特急で送信。
 NHKソフトウェアからビデオのカタログが届き、『ハイビジョンシリーズ 映像誌 里山II 命めぐる水辺』がDVDになったことを知る。番組放映時に見て、ぜひともビデオかDVDを欲しかった作品なので、すぐさま購入申し込み。届くのが楽しみ……だが、楽しむのは原稿が終わってからにしよう。番組放映時には気づかなかったのだが、この映像を撮影した今森光彦氏は、里山などの自然の撮影で知られる有名なスチールカメラマンで、昆虫や里山などの自然を題材にした写真集もたくさん出ておりました。

10月27日(水)▼原稿バリバリ

 ノートパソコンと新しいバッテリーを持って、クルマに乗ってハンバーガーショップへ。いちおう古いバッテリーも予備のために保っていくが、新しいバッテリーだけで、ハンバーガーショップとファミレスをハシゴ。計5時間ほど原稿を書いても、まだゆとりがある。出かける直前、長岡で生き埋めになった母子3人のうち、男の子が救出されたシーンをテレビで見ていたため、外出先で原稿の途中も残る2人のことが気になってi-Modeのニュースサイトでチェック。夕刻、母親の死亡が確認されたことを知る。テレビでは3人とも生存という報道がされていたので、希望を持っていたのだが……。人間の生死を報道で扱うときは、「らしい」「のようだ」といった伝聞や推測ではなく、公式発表があるまでは「不明」にしておくのがマナーでありルールではないのか。
 夜になって帰宅し、また原稿。

10月28日(木)▼徒歩で原稿

 運動不足なので徒歩で駅前まで出て喫茶店に入り、ノートパソコンで原稿。睡眠不足のせいか急激に眠くなり、耐えられなって原稿執筆を切り上げ。帰宅して仮眠をとってから、また原稿。

10月29日(金)▼「里山II」と文化勲章

 寝たのが朝なのに、宅配便のチャイムと電話のベルが立てつづけに鳴って、午前中に起きてしまう。こんなときに限って家族が留守。宅配便は仕方がないとしても、電話の方は電話番号非通知の商品取引会社のセールス電話。本当に儲かるのなら自分で借金してやれっての。
 宅配便で届いた荷物のひとつは火曜日にオーダーした『ハイビジョンシリーズ 映像誌 里山II 命めぐる水辺』のDVD。起き抜けだったこともあり、目覚ましがわりに、つい見てしまう。ああ、この映像……! モーションカメラのように自在に動くハイビジョンで撮影した水辺の四季のすごいこと。羽化するオニヤンマのシーンの構図もそうだが、とりわけ夏の映像は、入道雲、川遊びをする子供たちのざわめき(バケツの中の魚を覗く子供たちの顔をバケツの底から撮影している構図などもあり)、遠くで上がる花火を見るカエル(カエルの目に花火が映っているのだ)……まで含め、わが師匠の石ノ森章太郎の世界なのだ。ほんとうに『ジュン』の実写版を見ているような感じで、つい、古い『ジュン』の単行本を開いて確認してしまった(最初の箱入りの虫プロ版も、分厚いソノラマの豪華版も持っているのだ)。石ノ森先生が存命で、ハイビジョンカメラなど持たせたら、こんな映像を撮影したのではなかろうか……なんて思ったり。
 はあ……と感嘆のため息をついてDVDを見終わったあとは原稿に。途中、ニュースで、高エネルギー加速器研究機構戸塚洋二機構長が2004年度文化勲章を受賞したことを知る。この方、あのノーベル賞を受賞した小柴教授とともに宇宙素粒子の研究をされていた方で、ひょっとするとノーベル賞を受賞するのは、こちらではないかという下馬評もあった。で、なんで、そんな人のことを話題にするのかというと、わが母校静岡県立富士高校の先輩でありまして、いちおう、わたしも物理部に籍を置いていたことがあるもので、慶賀の念を表明しておこうというわけです。
 中学1年生のとき、アインシュタインの本に影響されて、学校のグラウンドに、トランスの中身をほぐして取り出した細いエナメル線を200メートルほどもまっすぐに張って、太陽風を観測しようとしたことがあったが、そっちの興味を伸ばしていたら、いまごろは、どこか理工系の大学で、研究者にでもなっていかも(と、いちおう言ってみる)。
 あとは原稿。眠くて能率悪し。
 ふと気がついたけれど、高エネルギー加速器研究機構って、18年くらい前、サーバーがドイツだったかのハッカーに侵入されたことがあったような記憶が。あのとき侵入したハッカーたちと、よくチャットしてたぞ。たぶん、『カッコウはコンピュータに卵を産む』の事件で逮捕された連中と同一人物か同じグループだったはず。
 こんなことしてないで、原稿、原稿!

10月30日(土)▼『マンガ学への挑戦』トークイベント

 今朝は眠気の限界まで原稿を書いていたせいで、風呂に入らずに寝てしまったため、起き抜けにシャワーを浴び、久しぶりに髭を剃る。長篇の仕事をしている間は、髭も伸び放題にしているのだが、今日は外出しなければならないので、身だしなみをととのえる。
 出かける先は池袋のジュンク堂。夏目房之介さんの著書『マンガの深読み、大人読み』『マンガ学への挑戦―進化する批評地図』が発売されたのを記念して開催されるトークショーにお招きいただいてしまったのだ。もちろん聴衆として。
 雨が降っていたので、カミサンに西武池袋線の最寄り駅までクルマで送ってもらい、電車で池袋へ。時間にゆとりがあったので、喫茶店に入ってノートパソコンで原稿。
 定刻前にジュンク堂の会場に着き、控え室に案内されて、あらためて夏目さんにご挨拶。共演の宮本大人さんや、『マンガ産業論』の著者の中野晴行さん(某SF系メーリングリストに一緒に参加しているのだが、これが初対面)や編集者の皆さんにも紹介していただき、ライブトークがはじまると会場に移動。トークライブは、宮本さんが飛ばして、なんだか収拾がつかない感じではあったが、それはそれで面白かった。
 閉会の後は、打ち上げの席にもお招きいただいて、あらためて夏目さん、宮本さん、アメコミが専門の小田切博さんなどと、マンガについて濃ゆい会話。夏目さんとは同年代のせいで、『アイアンマッスル』やら『完全紳士』やらといった貸本劇画の話題やら、「漫画読本」「漫画サンデー」時代の大人まんがの話題やら。気がついたらあっというまに午前0時。あわてて終電1本前の電車で帰宅したが、非常に刺激になった一夜でありました。
 帰宅後、興奮を引きずりつつ、朝まで架空戦記の原稿を書く。

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"center"> ■夏目さんご自身のトークライブのリポートはこちら■

10月31日(日)▼カンヅメになりそこねる

 架空戦記の原稿のペースがダウンしてしまったので、今日からカンヅメになろうと思っていたら、『ぼく、ドラえもん。』から依頼されて書いた藤子・F・不二雄先生の思い出をつづった文章の校正刷りが届く。文章の分量は自由ということだったので、かなり長く書いてしまったのだが、やはりスペースの関係で縮められていた。それはいいのだが、短くしたせいで前後のツジツマが合わなくなったところがあったので、文字数を合わせて原稿の書き直し。そんなことをしていたらカンヅメに行き損ねてしまった。しかたがないので自宅で原稿。


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