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  • 2000年08月中旬の日記

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    08月11日 ちょっとダウン

     寝不足で仕事がはかどらず、居間で座椅子にもたれて昼寝。編集者からの電話で起き、またできているところまで原稿を送る。
     さらに子供向けパソコン入門書の原稿に、赤の入ったゲラが戻ってきて、その直しの多さに愕然。小学生向けに易しく書いたつもりが、まだ易しさが足りなかったようです。
     今日は家で仕事をしていたが、どうも調子が出ない。しかも運動不足のせいか身体も重いので、夜遅くなってから近所を早足で散歩。さらに、その後でファミレスへ出かけ、シコシコと原稿。

    08月12日 最近、夜中のファミレス行きが増えているような

     午後になって起きると、まもなく書き下ろしをやるG社の編集者から手紙。資料のコピーが同封されていた。実在する登場人物の夫人に関する文章だが、いやあ、これは参考になる。ありがたいけど、プレッシャーをかけられるなあ。
     今日も昼間は原稿が進まず、深夜になってからファミレスへ出撃。あと数日で、こんな生活も終わる予定だが……。

    08月13日 悪夢のはじまり

     今日は昼間のうちにファミレスに出かけて仕事。明日が締切なので、かなりヤバい状況。それなのに午後9時には、いそいそと帰宅し「フジテレビ721」でF1ハンガリーGPを観戦。スタート直後の1コーナーでハッキネンがミハエル・シューマッハーを抜いたところで、「あ、これで勝負ありだな……」と思ったとたん、睡眠不足のせいか眠気に襲われグー。レース終盤で目が覚めたが、やはり順位はそのまま。最近のF1なんて、こんなものなですね。
    「@niftyオートレーシング情報フォーラム」にF1の結果速報を送り、ドライバーのコメントなどは、仕事がヤバいのでパスさせてもらい、仕事に戻る。シコシコと原稿を書きながら、寝ないでやれば昼くらいまでには上がるかな……と考えつつ、「スポーツi・ESPN」のCART第13戦ミドオハイオに目を走らせながら原稿。
     しかし、連日の睡眠不足とエアコンの当たりすぎがたたったのか、全身倦怠状態で、肩凝り、腰の痛みがひどいので、できたところまでの原稿を送信しておいて、しばし仮眠を取ることに……。これが悪夢の始まりであった。

    08月14日 鬼のカクラン

     仮眠を取るつもりで横になり、あっというまに眠り込んだ……と思ったら、突然、激しい腹痛で目が覚める。激痛と便意が我慢できずにトイレに直行すると、激しい下痢で、ひたすら唸る。もう終わったかと思うと、また出てくるので、なかなかトイレから出られない。やっと一段落して寝床に戻ったら、こんどは激しい吐き気。あわててトイレに戻ったら、便座を上げたとたんにオエ〜ッ! 凄まじい勢いで嘔吐したため、胃の内容物が鼻の穴にも入り、胃酸と消化しきれていなかった落花生のかけらで痛いのなんの。
     思い切り吐いたおかげで胃の方は少しスッキリしたが、腸の方はダメ。寝床でウツラウツラすると下腹に差し込むような痛みが走り、あわててトイレへ直行……というのを何度か繰り返し、母親の作った梅エキス(猛烈に酸っぱい)をなめて布団に潜る。
     午後になって下痢もおさまったが、こんどは熱が出て、これでは仕事になりそうもない。夜になって出版社に言い訳のメールを書いて送り、久々に終日寝込むことになった。

    08月15日 20年前の食中毒体験を思い出す

     久々によく寝たせいか、午前6時に目が覚めてしまう。さっそく原稿に戻り、朝食にお粥を作ってもらって食べると、その直後、またも腹痛がしてトイレへ直行。まだ完全に直ってはいないらしい。おまけに再び眠気にも襲われて、布団にカムバック。
     午後になって目が覚めたら、こんどはだいぶスッキリ。原稿に取りかかっていると、メールを読んで心配してくれた編集者から電話。締切を延ばしてもらったので、少し安心して、じっくりと原稿を書く。とはいえ今夜中には終わらせないと……。
     ところが、やはり睡眠不足で書いていたのが悪かったのか、前に書いたところと辻褄の合わない箇所がチラホラ。その修正に時間をとられ、肝心の原稿は、ゴールを間近にして進まず。これではマズイと午前1時になってクルマでファミレスに出撃。午前4時近くまで原稿を書いて、なんとか、あとチョイのところまで漕ぎつける。ともあれ、あっというまに、元通りの生活だ。
     20年ほど前、SF作家の豊田有恒さんに誘われて、石津嵐さんなどと一緒に韓国の済州島にファミリー海水浴に出かけたときのこと、このときのツアーに参加した大人15人のうち、ぼくも含む生ウニを食べた12人が食中毒にかかったことがある。やはり激しい下痢と嘔吐で、脱水症状になりそうなほどだったが、近所の町医者に往診してもらったら、12人もいるとは思わなかったため、注射する抗生物質の数が足りないという。しかたなしに当時、いちばん若かったぼくだけ注射をパスしたら、注射をしてもらった人たち全員が翌日にはケロッとしてたいのに、ぼくだけホテルの部屋でトイレの便器にしがみつくハメになった。
     しかたがないので往診してくれた町医者の診療所まで歩いて出かけたが、胃と腸が空っぽだったせいか、もう雲の上を歩くような状態。診察室で抗生物質(ペニシリン)の注射をされることになったのだが、注射の係は美人の看護婦さん。夏のことで白衣は薄く、ピンクの下着が透けていて、妙に色っぽい。とても食中毒患者とは思えないようなことを考えていると、突然、ベッドの上にうつ伏せにされ、ズボンとパンツをおろされた。そう、お尻に注射するのである。思えばお尻に注射されたのは、幼少の頃、近所のスピッツ(あのキャンキャン鳴き喚くうるさい小型犬です)に手を噛まれたとき、狂犬病の予防のためにペニシリンを注射されて以来のこと。子供のときならともかく、大人になってお尻に注射するなんて。それも美人の看護婦さんにパンツをおろされてである。
     しかもペニシリン注射の痛さは記憶に残っていた。ドロッとした薬液だから、注射すると痛いのだ。覚悟を決めつつも、いつ針が刺さるかとドキドキしていると、突然、看護婦さんが、平手でお尻をピシャン! 「いてっ!」と声を出すと、その瞬間に注射の針が刺さり、あっというまに注射は完了。ビンタの痛みで注射針の刺さる痛みを消す毒をもって毒を制する韓国式注射法に、あきれるやら感心するやら。
     そんなことを思い出した、今回の食あたり(たぶん、疲労とエアコンが原因だろうけど)事件でありました。

    08月16日 小説のような悪夢とマンガのような珍夢

     変な夢を立てつづけに見る。最初に見たのはカルト宗教の道場に拉致され、そこで脱出しようとするが、見つかって連れ戻され……を繰り返すもの。内容は、ほとんど西村寿行氏のバイオレンス系小説。これは夢だ……と夢の中で叫んで目を覚ます。でも、また寝たら同じ夢の続きを見てしまい、再び自力で目を覚ます。
     こんどこそグッスリ寝ようと思ったら、ニフティ仲間のHさんと2人で、どういうわけかF1イタリアGP観戦ツアーに参加。ところが大韓航空のジャンボに乗って着いた先は、アメリカのテキサス州フォートワース。ここでトランジットするらしいのだが、なんと、ぼくのパスポートの期限が切れていることが発覚(どうして成田から出国できたのかは不明)。1人で強制帰国されることになり、空港ビル内の出国ゲートに向かうため、エスカレーターに乗って、手すりのベルトにつかまると、な、なんと、手すり部分がどんどん高くなって、足が階段部分に届かなくなる。しかもエスカレーターのスピードは上がるばかり。振り落とされないように必死に手すりベルトにつかまるが、エスカレーターは、まるでジェットコースターのように、くねくねとカーブがある上に、さらに速度が増す。なぜかエスカレーターの脇は免税店になっていて、エスカレーターに乗ったまま買い物できる仕組みになっているのだが、エスカレーターのスピードが速すぎ。こちらの身体は遠心力で外に投げ出され、免税店の店頭の商品を足の先で薙ぎ払っていく。さらにエスカレーターのスピードが増し、必死に手すりベルトにしがみつくが、身体はカーブにくるたび、右に左に投げ出され、「ぎゃあああっ!」と絶叫したところで目が覚めた。
     こんな夢ばかり見るのは、まだ体調が完全でないからかもしれない。とにかく仕事のカタをつけようと、思いきって起床すると、明け方寝たというのに、まだ昼前。そのままパソコンに向かって、せっせと原稿。
     途中、家族が庭で何やら騒いでいるので出ていくと、親とはぐれた小雀が1羽、庭木の上で鳴いている。ネコに狙われるとかわいそうなので、保護しようとしていたらしい。そこで手伝うことにしたが、高いところに逃げて捕まらない。しかたがないのであきらめて家の中に戻ったら、その直後、その小雀は、ネコにさらわれた。自然の摂理のひとつだろうが、ちょっと悲しい。  こんな事件もあって原稿の能率が上がらないので、深夜になってクルマでファミレスへ。暴飲暴食を慎むため、ケーキとコーヒーだけにして、シコシコと原稿。帰宅したからも朝8時まで原稿。

    08月17日 インタビューを受ける

     また昼前に起きて、せっせと原稿を書き、午後4時から駅前の喫茶店で「ゲームセンターあらし」に関するインタビュー。某Webサイトに掲載されるものだが、つい興に乗って、3時間ほども話し込む。
     途中、マンガの話題にもなったのだけれど、「マンガが禁じられた娯楽になった」ことで、その活力を失ったのではないか……とインタビュアー氏が持ち出して、ぼくも同感の意を示した。
     昨日、コンビニで買った雑誌「プレジデント」でも、本宮ひろ志氏のインタビューを中心に、「マンガはもう死んでいる」という特集記事が載っていた。これって、けっこう当たっているんじゃないのかなあ。それと、結局、マンガというのは、団塊の世代と団塊ジュニアまでの娯楽メディアだったのかもしれない。でも、「マンガは文化だから」とか、「マンガの著作権を守るため」といった論調で、マンガを保護しようとしたら、結局は、歌舞伎や落語のようになってしまうのではないか。
     ぼくは、「マンガが活性化を取り戻すための一番の方法は、社会がマンガを弾圧すること」だと思っている。マンガも、「やはり野に置けスミレ草」ってなところではないでしょうか、マンガも。そんなワケで、ぼくは、原子力発電を中心とした電力業界のPRマンガの仕事が決まったとき、「これで娯楽マンガ家としてのすがやみつるは終わりだな」と自覚して引き受けたのであります。

     インタビュー終了後、別の喫茶店に出かけてノートパソコンを開くが、画面の光が目に突き刺さるような感じで、調子が悪い。しかたないので家に戻って仮眠を取り、午後11時から高村薫氏原作のNHKドラマ「地を這う虫」を見てから、また仕事。なんとか終わりまでたどり着いたものの、かなり枚数をオーバー。削りはじめるが、目の調子が悪く寝ることに。
     で、寝てから30分も経たないうちに地震で目が覚める。揺れ方からして震源が近そうだと、結局、布団から抜け出し、居間のテレビをつける。近そうに感じたはずで、震源は東京23区。千代田区の揺れが最も大きかったらしい。で、結局、朝8時まで原稿を削る作業。

    08月18日 原稿終わる

     途中、体調を崩して予定より遅れてしまったが、なんとか夕方までに『大爆進! 独立航空艦隊風雲大作戦(3)』の原稿が完了。「著者の言葉」とともにメールで有楽出版社に送信する。
     寝込んだせいで次の締切も遅らせてしまっている。ただちに「F1倶楽部」の原稿にかかるが、ちょっと気が抜けたのか、眠気がドッ。今夜だけは少しマトモに寝て、明日、書くことにしよう。そのかわりに、こんな日記を書いてりゃ世話ないけど。

    08月19日 ハーツで3度目の完全勝利!

    ハーツ完全勝利
     またやってしまった。ちょっと時間が取れたので、久々にWindowsのおまけゲーム「ハーツ」に挑戦したら、通算3度目のパーフェクトウィンを達成してしまった!

     あ〜気分がいいぞ! ワハハハハハハッ!!

    08月20日 夏休みで資料探し

     書き下ろしの架空戦記も終わり、遅らせていた「F1倶楽部」の原稿も終わらせて、ほっと一息。体調を崩したせいで郷里へ墓参りに行くのもキャンセルしてしまい、今日だけが夏休み。やっとまとまった時間ができたので、新宿紀伊国屋まで資料探しに出かける。
     1Fから4Fまでをうろうろしながら「事典・昭和戦前期の日本・制度と実態」(百瀬孝・著/伊藤隆・監修/吉川弘文館/5,700円+税)、「関東軍」(中山隆志・著/講談社選書メチエ/1,700円+税)など多数。冷やし中華を食べながら、同時に購入した「読んで身につけた40歳からの英語独学法」(笹野洋子・著/講談社/1,300円)を一気読み。パソコン通信のおかげで35歳から英語と対峙することになり、その結果、英語の読み書きだけならそこそこできるようになり、その体験も本に書いた身としては、ふむふむと頷かされることばかり。こちらは会話はまるでダメだけど。
     新宿から総武線の電車で高円寺にまわり、4軒ハシゴして深夜に帰宅。これで夏休みは終わり。


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