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■ 05年07月中旬の日記

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07月11日(月)▼課題をシコシコ

 たぶん、大学の春学期末のレポートのために読書をしていた。

07月12日(火)▼打ち合わせと飲み会

 夕方、新宿プリンスで某社の編集者と前向きな密談。その後、ゴールデン街の某店に向かい、まもなく小説デビューするAさんに、その小説に登場する業界に詳しいHさんを紹介。デビュー作に登場する業界に関して、アドバイスしてもらえるよう紹介したもの。話もはずんで気づいたら午後11時。レポートや課題BBSが残っているので、そのまま帰宅。朝までレポートの準備。

07月13日(水)▼今日も課題で1日過ごす

 大学の「インストラクショナル・デザイン」でおこなわれている課題BBSへの書き込みをしたいのだが、テーマが学校に関することで、昨今の学級崩壊のことや、そもそも教育って何だろうなんてことを考えて、文部科学省のサイトに潜り込み、中教審の報告書などを片っぱしから読む。お国の教育に関する指針はわかったけれど、やっぱりアメリカの2周遅れくらいの感じがするなあ。
 さらに、心理学関係の本5冊と首っ引きになるが、付け焼き刃の知識で、この課題をこなすのには無理がある。行動心理学と認知心理学については、前回、使ったので、今回はアドラー心理学に絞ることにする。もともと子どもの教育をベースにした心理学なので、小学校のデザインをするにはいいかもしれない。

07月14日(木)▼打ち合わせと打ち上げと

 午後3時、新宿駅西口交番前で、以前、お世話になった方と待ち合わせ。仕事の相談を持ちかけられてのもの。近くの喫茶店で1時間ほど話す。ある題材をマンガにしたいというのだが、原作だけ関わるとしても、勉強期間だけで最低でも1年はかかりそう。面白そうではあるのだけれど……というわけで、とりあえず話だけして分かれる。
 夕方から高円寺で『仮面ライダー』と『仮面ライダーV3』の打ち上げがあるのだけれど、その前の打ち合わせが予定より早く終わったので、秋葉原まで出撃。大学の「情報と職業」でも紹介されたアノトペンぷらっとホームで売られているようなので、実物を見たいと思って出かけたもの。知り合いが使いはじめていて、なんだか使い勝手がよさそうで、試してみて良さそうだったら買ってみようかな……と考えたのだが、出かけてみたら、もう売っていなかった。
 かわりにあったのは、ぺんてるのairpenというもの。超音波でペンの位置を検知して、そのデータをメモリーに保存する仕組み。アノトペンのような専用ノートは不要だが、超音波を発信する装置を持ち歩く必要がある。うーん……と悩んだ末に、買わずに帰ってきた。
 帰途、バラエティショップに寄って、980円の目覚まし時計と980円の小さな老眼鏡を購入。最近、寝不足のせいで目がショボショボになることが多く、そのうえにボンヤリしていて眼鏡を忘れることが多いため、バッグに放り込んでおくための眼鏡をひとつ買うことに。
 秋葉原から高円寺に移動し、まだ時間があったので、洋菓子店のティールームに入ってノートパソコンで「健康福祉産業工学」の課題レポートを構成する。
 30分ほどで時間になったので、高円寺駅改札口に移動し、待ち合わせていた編集者、デザイナーとともに、打ち上げ会場に予約してあった店へ。ちょっと奥まったところにある店で、ちょっとした隠れ家風。その中のさらに奥の個室で、計4人の男がビールで乾杯。マグロづくしの料理で満腹に。その後、ノラやに移動して、ここでゲームメーカーの人が1名加わって二次会。まだレポートがドッサリ残っているので、電車のあるうちに帰る。
 帰宅と同時に冷水で顔を洗い、えいやっと課題レポート。とりあえず「健康福祉産業工学」のレポートを仕上げて送信。

07月15日(金)▼課題はつづくよどこまでも

 今日は「インストラクショナル・デザイン」の課題BBSに専念。書きたいことはヤマほどあれど、時間がない。仕事部屋に引き籠もり、シコシコと課題BBSに投稿するための文章づくり。結局、送信したのは朝になってから。

07月16日(土)▼芝居もサボってレポート

 今日は、残ってしまった「情報と職業」のレポート。テーマはiTunes Music Store。「Googleアラート」でiTunes Music Storeに関するニュースをクリッピングしてあったのだが、日本におけるiTunes Music Store開設の話題がホットすぎて、どう転ぶのかわからない。そこでギリギリまで待っていたのだが、一昨日、エイベックスがiTunes Music Storeに楽曲を提供すると発表したりで、あらかじめ作ってあった構成部分を変更することに。
 念のため、サイトをチェックしながらのレポート執筆で、時間がかかること、かかること。夕方から家族で芝居を観にいくことになっていたのだが、カミサンの姉さんにピンチヒッターを頼み、こちらは家に籠もってレポート書き。

07月17日(日)▼なんとか終わる……

 眠気をこらえて終日パソコンの前に座る。食事もオニギリを作ってもらい、パソコンの前に運んでもらう。深夜には執筆が終了し、PageMakerでレイアウトしたのだが、それをPDFで吐き出すときに、ちょっとトラブル。画像を使っているのだが、これを圧縮するとプリントしたときに見づらいため、圧縮なしにすると、こんどはファイルが大きすぎる。なんとかチョコマカと調整をつづけ、なんとか送り込んだのが午前3時半。締切30分前の滑り込みでした。
 今週の課題とレポートが終わったと思ったら、また新しいレポートが……。今週末までのレポートは、「インストラクショナル・デザイン」が1本、「基礎心理学」が短いもの4本、そしてJavaのプログラムが2本。あ、英語の最終試験もあった……けれど、これはほとんど終わっている。

07月18日(月)▼最後の追い込み

 午後に起床し、大学の英語の期末試験を仕上げる。ほとんど終わっていたのだけれど、いちおう、最後の点検をして送信。毎週のテスト(スピーキング、ライティング)は25点満点だが、この期末テストだけは100点満点。しかも80点以上とらないと落第になってしまうので、緊張感が一杯。必修科目なので、落第すると次のレベル(学年)に上がれないのだ。

07月19日(火)▼楽観主義と楽天主義

 大学の「インストラクショナル・デザイン」という科目の授業で「理想の学校」をデザインするという課題が出た。昨今の「学級崩壊」などを受け、21世紀における「理想の学校」を考えるというものだ。

 ここで、ふと詰まり、しばし悪戦苦闘した。「学校」というものは、ある意味、為政者の都合に合わせた教育方針を実現する場であり、その方針はコロコロ変わるものだからだ。そこで、いま日本の政府が求めている「教育」について確認しておこうと文部科学省のサイトに入り、中教審の報告書などをダウンロードして読み始めたら、量が多くて読み切れそうにない。それでも得意の(?)速読で、要点だけをピックアップしながら読み進み、さらに、「学級崩壊」について書かれたWebサイトを読み、新聞のデータベースを漁り、ようやく、現状の教育の目標や問題点が把握できたところで、こんどはアマゾンから届いた『行動分析学入門』『授業が変わる――認知心理学と教育実践が手を結ぶとき』ほか多数の心理学関連の参考書に目を通し、えいやっと、まとめの文章を書いてしまったが、とにかく締切に間に合わせるために書いたような感じで、忸怩たる思いが残っている。この課題って、じっくり取り組めば、卒論の題材にもなりそうな幅の広さと奥の深さを持っているように思うからだ。

 同時期に「情報と職業」の3回目レポート(今回は、iTunes Music Storeについてだったが、やはり時間切れで、400字詰め換算で31枚でまとめてしまって、こちらも忸怩たる思い……)や「健康福祉産業工学」のレポート2つ(1つはロボットの仕様書、1つは高齢者を結ぶネットワークについての考察)、さらには英語の最終テストもあって、仕事も放置したまま学業に専念し、睡眠時間まで削っても、とても追いつかない。

 結局、どの科目も、ちょっと悔しい結果に終わっているのだが、そんななか、資料として読んだ本のなかに、感銘を受ける項目があった。それがタイトルの「楽観主義と楽天主義」である。

 この言葉が出てきたのは『アドラー心理学入門』という本である。著者の岸見一郎さんは、昔、ニフティの外国語フォーラムを主宰していた方で、フランスのミニテルにアクセスする方法について情報交換していたときに、こちらのフォーラムのメンバーに助けてもらったことがある。岸見さんは、その後、心理学の方面に進まれて、このような著書を出されていたらしいのだが、それはmixiで再会して初めて知ったことだった。

 その「アドラー心理学」が「インストラクショナル・デザイン」でも採りあげられていたことから、とりあえず入門書として『アドラー心理学入門』を読んでみたのだが、この本に書かれていた「楽観主義と楽天主義」の違いを読んで、思わず膝を打つことがあった。それは、昨年の暮れ、レーシング・ドライバーのアレックス・ザナルディの伝記を読んで感動したときのことを思い出したからだった。

 2001年秋、ドイツで開催されたレースで両脚切断という大事故に遭い、ベルリンの病院にヘリコプターで運ばれたときには、体内に残っていた血液が1リットルだけ。まさに瀕死の状態から、たびかさなる手術を経て、3ヶ月後には、なんと義足でファンの前に立つパフォーマンスをして見せたのだ。ぼくは、このときの写真を「東京中日スポーツ」で見たとたん、胸の奥から何かが突き上げてきて、一瞬にして涙があふれたのも覚えている。

 ザナルディは、このときはまだ、傷口から血がにじむような状態だったらしい。それでも彼は、ベルリンの病院に入院中、両脚切断の事実を知ったときから、その現実を受け入れ、すぐさまリハビリに取り組んでいた。

 そんなことができたのは、母親から受け継いだ「Optimism」のせいだとザナルディは語っていた。両脚切断という現実を受け入れ、そのうえで自分にできることは何かと前向きに考え、義足の改良に貢献できるのではないか……といったことに意識が向かってしまうのだ。母親の血だけではなく、ラテン気質のようなものもあるのではないかと思ったが、この本を読了したとき、ぼくは「Optimism」を「楽天主義」と訳して日記に書いた。英和辞典には「楽天主義」と「楽観主義」が並んで書かれていたからだ。

 https://www.m-sugaya.jp/nikki/nik0412c.htm#041227

 この時点では、楽天も楽観も同じ意味だと考えていたのだが、『アドラー心理学入門』には、次のようなことが書かれていた。

『ミルクの入った壺に2匹のカエルが落ちたとき、1匹は、もう駄目だと叫んで諦めてしまい、何もしないでじっとしているうちに溺れ死んでしまう。残り1匹は、何とかしようと足をもがいて泳いでいたら、足下のミルクがチーズになって固まり、これを足場に跳ねて逃げ出すことができた』

 こんなエピソードに絡めて、『楽天主義は、何が起こっても大丈夫、何が起こっても悪いことは起こらない、失敗するはずがない、と思うことです。大丈夫だと思って何もしません。そうではなくて、楽観主義は現実を見据えるのです。現実をありのままに見て、そこから出発します』とも書かれていた。

 これはアドラーの著作に書かれていた文章を紹介したものだそうだが、さらにアドラーは、「人があらゆる状況で楽天的であれば、そのような人はまちがいなく悲観主義者だといっています。敗北に直面しても驚いたふうには見えません。すべてはあらかじめ決まっている、と感じ、楽天家であるように自分を見せているだけなのです」とも書いている。

 ぼくはザナルディの本を読んで、辞書に載っていた順番のままに「Optimism」を「楽天主義」と訳したが、アドラーの定義によれば、まちがいなく「楽観主義」である。それだからこそ短期間のうちに義足ながらも歩き出し、まずはカートでレースを再開し、さらに事故から2年後の2003年には、ドイツのサーキットでインディカーに乗り、残された周回を走りきった。しかも、そのときに出したタイムは、そのままレースに参加すれば、予選5位のグリッドが得られるものだった。これもザナルディの「楽観主義」ゆえだろう。「楽観主義」は、お気楽に見えても、実は強いのだ。

 そして「楽観主義」には、いつも「希望」がつきまとう。

 アドラーの定義を読んで、ぼく自身も「楽観主義」であることを再確認した。もともと現実を受け入れ、かつ、「あきらめることを知らないしつこい奴」を自認し、「ラテン系日本人」を自称していたが、これもやはり「楽観主義」によるもののようだ。

「楽天」でなく「楽観」……別にオンラインショッピングモールや新興プロ野球球団の話ではありません。

■今日読んだ本と関連書籍

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために『アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために』(岸見一郎/KKベストセラーズ・ワニのNEW新書/1999年9月刊/648円+税)........

Alex Zanardi『Alex Zanardi』(Alex Zanardi, Gianluca Gasparini/Haynes Group/2004年9月刊/3,340円/イギリス版)

Alex Zanardi『Alex Zanardi』(Alex Zanardi & Gianluca Gasparini/Bentley Pub/2004年10月刊/2,268円/アメリカ版)


07月20日(水)▼仕事とレポートと

 ちょっとワケありで一時中断していた仕事の再開。エンジンの回転を上げろ!
 ほかに「基礎心理学」のレポート(800字×4本)。短い文章の方が苦手……。


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