同級生からの手紙:貸本屋のオバサン、健在なり
ご無沙汰していますが、お元気ですか?
先月、富士に帰って父方の伯母に会ったのですが、その時、菅谷くんの話が出ました。
伯母は昔、中島(註:地名)で「S文庫」という貸本屋をやっていたのですが、そこに菅谷くんがマンガを借りに来ていたと言っています。ご記憶にありますでしょうか?
自分の店でマンガを借りていた菅谷くんが東京へ行ってマンガ家になったと、とてもうれしそうに話していました。
それはいいのですが、なぜか伯母は、菅谷くんが「やくみつる」のペンネームでマンガを描いていると思っていて、私が、やくみつるは別人だと言ってもなかなか信じません。
そこでお願いなのですが、「すがやみつる」の名前が入ったマンガの作品(雑誌の連載マンガのコピーでもかまいません)があったら、それにサインして送っていただけないでしょうか。
ついでに菅谷くんの最近の写真も送っていただければ、テレビに出演している「やくみつる」とは別人だと分ると思います。
伯母は少々呆けてきましたが、相変わらず元気で口うるさいおばさんです。息子が10年前に亡くなったので、今は息子の奥さんと暮しています。
勝手なお願いで申し訳ありませんが、菅谷くんの作品を見たら、きっと伯母も喜ぶと思うので、よろしくお願いします。
それではまた。
菅谷様
2006/7/4
(署名)
この貸本屋さん、よおおぉぉぉぉく憶えています。この貸本屋は、わが家と高校との中間地点にあって、毎日のように通っていました。仕入れの相談にまで乗っていましたが、だんだん客足が途絶えるようになり、仕入れる本も少なくなってきたため、ぼくは貸本劇画の出版社から、直接、購入するようにもなりました(直接買うと、原画がオマケにもらえた)。
いつも白い割烹前掛けをつけて、眼鏡をかけた目が、絶えずニコニコしていたおばさんでしたが、名前を憶えられていたのは、貸本の貸し出し帳に名前を書いていたからかもしれません。確かに、いいお得意さんだったはずです。高校卒業後は、この貸本店に行ったことはありませんが、ぼくがマンガ家になったことは、近所の人にでも聞いたのかもしれませんね。この店は、ぼくが上京した後、貸本屋を畳んだ、という話だけは聞いていました。
でも、高校生時代に通い詰めた、この貸本屋が、ぼくのマンガ家への夢を育んだ「環境」のひとつであったことは間違いありません。
はいはい、すぐに著作と写真を送ることにします。高校時代の写真も複写して送れば、顔も思い出してくれるかな?
それにしても当時通っていた高校の同級生の伯母さんだったとは、思いもしませんでした。
ちなみに、ぼくの貸本体験については、以下に記載しています。